YouTubeやクックパッドを見ていると、「茶葉をお湯で開かせて作る口イヤル・ミルクティー」をよく目にします。
むしろ、こちらの方がレシピ数が多いかもしれません。
今回は、当店とはまた違った口イヤル・ミルクティーレシピができた経緯について、お話したいと思います。
茶葉を蒸らす口イヤルミルクティー
茶葉をお湯に入れて開かせ、熱した牛乳に投入する。
このレシピは、最初から茶葉を煮込むタイプのレシピより簡単なのか、広く普及しています。
私の記憶が正しければ、「茶葉を蒸らす」レシピの大元となっていえるのは、紅茶研究家 故・磯淵猛さん。
紅茶好きの方なら知っている方も多いかと思いますが、磯淵さんは紅茶文化をいかに日本の日常に浸透させるかに尽力され、紅茶業界を数十年にわたって牽引してきた立役者のひとりです。
ペットボトルの紅茶飲料の代表的存在でもある「KIRIN 午後の紅茶」のアドバイザーとしても知られています。
なぜ、蒸らしレシピについて私がそう記憶しているかというと、ある想い出があるからです。
40年前の思い出
お話は、約40年前。磯淵さんがご存命だったころまで遡ります。
ロンドンティールームを立ち上げて3年目に差し掛かろうとした頃のこと。
ある日、磯淵さんより連絡がありました。
話を聞くに、雑誌等をきっかけとしてロンドンティールームの口イヤル・ミルクティーの存在を知り、関心を持ってくださったようです。
そこで、当店のレシピを教えたところ、さらに興味を持ってくださった様子。
「このレシピを基とした、さらに新しいロイヤル・ミルクティーを作ってレシピ化するのはどうか」と尋ねてくださいました。
しかし、私はその時、磯淵さんのご要望にお応えすることができなかったのです。
「磯淵流」のはじまり
磯淵さんからのご要望に応えられなかったのには、ロンドンティールームの口イヤルミルクティーレシピが店舗での実践的なもの、いわばプロ向けだったことにあります。
当時のレシピは、”紅茶に慣れた従業員“が”厨房の業務用設備“を使う前提であり、家庭で作ることは一切想定していなかったのです。
対して磯淵さんは、家庭で作られることなども想定し、より取り組みやすいレシピを考案しようと考えているように見受けられました。
しかし、家庭向けのレシピを作るにあたって、問題となるのが「強火で煮込む」という製法。
「強火で煮込む」製法は、煮込み専用に作られたブレンド茶葉によって、雑味を押さえられるからこそ為せる技です。
当時はインターネット通販などもありませんでしたから、”鍋で強火で煮込む“というところだけ取り入れると、雑味とエグ味の強い口イヤル・ミルクティーができてしまう可能性が高い。
このような理由で、口ンドンティールームのレシピをもとにした家庭向けのレシピ作りは、厳しいと判断したのです。
そこで私は「家庭用として、まったく新しいレシピを考案してみては」と提案してみました。
その後、どのような経緯があったかはわかりません。
ただ、ある日「茶葉をお湯で開かせて、牛乳を加える」製法の口イヤルミルクティーがあるということを知り、これが磯淵さんの考案したものではないかと考えています。
煮込み式よりも普及した「蒸らし式」
この蒸らし式口イヤル・ミルクティーは、あれから40年経った現在も、強く根付いています。この発想をどこから得たのかは存じませんが、現に定着しているのは、磯淵さんの影響力あってのことでしょう。
実際、磯淵さんはKIRINと技術提携し、ペットボトルのミルクティーを世に送り出す功績も立てています。ちなみに、この商品が「午後の紅茶 ミルクティー」です。口イヤルミルクティー、とついていないのは、差別化のためなのでしょうか。
磯淵さんのロイヤルミルクティー
現在、磯淵さんが考案した(と思われる)口イヤル・ミルクティー。手軽なのはもちろんのこと、家庭での再現性に優れたこのレシピは、瞬く間に普及していったように思います。
本人に会うことは叶わなくなっても、遺したレシピが息づいている。紅茶に関わる人間として、これほどの偉業もないでしょう。


